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01 2月

12日目 迷走

12日目の朝、彼らは結論を出した。
逗留があまりにも長引きすぎたために、彼らは体力と物資に限界を迎えつつあった。
砂漠で突然出くわした、牙蜥蜴と巨大蟻(蜥蜴と蟻、自然界ではあまり見ない組み合わせだが、この二種の生物には奇妙な共存関係があるようだ)の群れとの戦いが、丸二日に及んだことも大きな原因である。
特に、一日目の戦いにおいて、初戦の敵に万全を期して力をセーブしなかったロジュの疲弊は目に見えて酷かった。攻撃は悉く生彩を欠き、思うように戦技を繰り出すこともできない有様だ。

体調もさることながら、進路の方にも限界が見えていた。砂漠の果てに待ち構える猛獣使いとやらには到底勝てそうもない。

もはや為すすべも無く、彼らは満身創痍となって遺跡外へ帰還した。
此度の探索での成果は、決して良いものだったとは言えないだろう。

「やれやれ、お前が西へ行くとか言い出したせいで」
「ロジュ知らなかった!あんな強そうな敵がいるなんて。それに、クニーもナットクして来たんじゃないか!」
「俺は北と言っただろうが。戦闘でも同じ、お前はがむしゃらに戦うだけ。少しは頭を使ったらどうなんだ」
「なんだとッ」

いつになく険呑な怒気を剥き出しにしていがみ合うクニーとロジュ。普段ならば頃合いを見て仲裁に入るであろうジャファルも、今日は様子が違う。諍いの様子をただ見ているだけだ。
彼らはじきにどちらからともなく押し黙り、互いにフンとそっぽを向いた。それきり、視線を合わそうともしない。

そんな三人が宿場街に辿りついたのは、昼過ぎのことであった。
立ち並ぶ中でもこじんまりとした一つを寝所に定め、部屋を取る。宿そのものは決して古くはないが、部屋は狭く、埃っぽく、そして薄暗かった。
いかにも安宿らしく、高い位置に小さな明かり取りの窓が付いているのみである。だが、その申し訳ばかりの窓からは、今朝からの曇天が放つ僅かな白光が漏れ入るばかり。

クニーは部屋に入るなり、麻袋を枕にしてさっさと寝台に横たわった。どうやら、早寝を決め込むつもりらしい。
ロジュはそれを目で追ったが、何も言わなかった。無言で床に座り、灯心草に火を点す。ぼんやりとした明かりの中で、彼女は荷物を椅子に置いて中身を出し始めた。
「……心得ていると思うが」
その背後から、静かにジャファルが語りかけた。「何事か、急を要する事態でもない限り、表に出てはならぬ。聞き分けておとなしうしておるのだぞ」
声色は優しげなれど、有無を言わせぬ強い口調であった。ロジュは、ジャファルが今入ってきたばかりの扉を開け、音もなく出て行くのを、背中で見送ったのだった。

……雨足は徐々に強くなり、通りに人の姿がなくなっても、ジャファルは戻ってこなかった。
宿の簡素な食事を終えたロジュは、高い窓に小さく切り取られた、黒々とした曇り空を、ぼんやりと見上げた。
クニーは背を向けて毛布に包まり、既に夢の中の人である。だが、ロジュは、眠る気には到底なれない。
暗闇を照らす小さな灯りを頼りに、時計の音を聞きながら、ただ壁にもたれてじっとしていた。

件の広場は、この刻限にも盛り上がっているのだろうか?

その場所に足を踏み入れることへの興味と憧れは失せなかったが、どうしてか、ジャファルの一方的な言いつけを反故にする気は起きなかった。
遺跡外をうろつくことが危険であると、彼が懸念するからには、なにかがあるのだろう。

だが、それならば、何故早く帰ってこない。
戻らぬジャファルを心配して少女が宿から飛び出すことを、彼が考えに入れていないはずはない。不安と苛立ちにさいなまれながら、遅々として進まぬ時間をロジュは苦しんだ。そして、

(何かあったのかもしれない)
その考えは、唐突にロジュの心の中心に、ストンと落ちてきたのであった。
なぜ今まで思い至らなかったのかは解らない。だが、その可能性は至極あり得ることだと思った。

ドアを開けて飛び出し、廊下の角を曲がった途端、誰かにぶつかりそうになった。
「うわっと」
咄嗟に身構えた人物は、深緑のボディスーツの上にベストを着込み、羽帽子を被った細身の青年である。その姿には見覚えがあった。
「ロクロー!」
「お!ロジュじゃないか。帰ってきてたのかい、お疲れ様だったね。僕も今、まさに、華麗な帰還を遂げたばかりさ!」
額に手を当て、フッと爽やかに笑う。
「いやあ、轟天号が久しぶりの屋外に興奮しちゃってね、このあたりを通り抜けて向こうの森まで走って行っちゃったんだよ。犬まっしぐら!ってやつだよね。あぁ、それはそうと、クニーに呼ばれてるんだけど、いるかい……って、あ、あれ?おーい?」
だが既にロジュの姿はなく、虚しく階下を覗き込むロクローであった。

ロジュは既に階段を駆け下り、今まさに雨の中へ駆け出したところだった。

雨

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