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26 1月

11日目 暗雲

日が沈み、闇夜がその優しい手を伸ばして、広げた黒いびろうどの緞帳に無数のダイヤを散りばめる刻限。昼間盛んに地響きを立てていたモンスターの群れはなりを潜め、冒険者達の夜営の談笑と焚き火のはぜる音が聞こえてくる。
クニーは翌日に備えて一足先に横になり、ロジュは東の水路へ水浴びに行ったようだった。
ジャファルはオリオン座を背に、ひとり、冷たい風の吹き渡る北の空をいつものように仰ぎ見ていた。

……妙な胸騒ぎがする。

天高く煌々と瞬いている北極星は、まるで、何か凶兆を知らせようとしているかのような不穏な気配を放っているように見える。
明後日にでもひとまず遺跡外へ引き上げようと、先ほど三人で話し合って決めたばかりだというのに。

ジャファルはかねてより、遺跡に仕掛けられた重大な罠や未知の生物との遭遇を危惧していた。できる限り踏破の道程は短く、しかし攻略においては先陣を切らず、遺跡にいる時間は少ない方が良い。余力を残したまま帰還することができるならば、それに越したことはない。
ロジュらは、より長い時間を遺跡に潜りたがったが、ジャファルは違った。なるべく短いスパンで、安全な遺跡外に出るのが、もっとも望ましいと思っていた。
だが。

(一体、我々に何を知らせようとしている。……まさか、“遺跡の外こそが”危険であるとでもいうのか)

ヤディカの民は悠久の昔、天上の星と語らい、精霊の声を聞くことによって生きる民であった。ゆえに、ジャファルには感じることができる。明々と輝くこの妖しい星の光には、確かに何かあるのだ。
不吉な予感を振りまくその何か、とは一体何であるというのか?
彼らは、これ以上失うものを持たない。
定住の地や安らかな眠りの時間、ささやかな日々の糧を得るための営みと慎ましい暮らし……そういった健やかで心地の良い様々なものを、復讐のために邪魔であるからと惜しげもなく捨ててきたロジュと同じように、ジャファルもまた、長い歳月を重ねる間に、たくさんのものを置き去りにしてきたのだ。

(残されたものは、ロジュワルディ、そして私の命、ただそれだけだ。護らねばならぬ)
ジャファルは静かに瞳を閉じた。煙ったような漆黒の瞳に、ひときわ強く瞬く星の残影を、閉じ込めようとするかのように。

翌朝。

装備品を除いてはすっかり支度を終えた彼らが、食事のために名残の焚き火を囲んだ、その席にて。

「そういえば、遺跡の外にでっかい広場ができたんだって。クニー知ってるか?」
久方ぶりの肉料理(串に刺して朴の葉で包み、蒸し焼きにしたものだ)を頬張り、なけなしの檸檬水を呷っては夢中で咀嚼していたロジュが、唐突に口をきいた。
「ああ、聞いた、なんでも有志が大昔の浴場の跡地を修繕してこさえたっていうじゃないか」クニーはフッと冷笑を浮かべて肩を竦める。「訪れる連中にそれを無償で使わせてるんだと、まあ誰だか知らんが、お人好しにもほどがある。金に興味がないのは無知な原住民の小娘だけじゃないんだな」
もはやクニーの毒舌にもすっかり慣れっことなったロジュは、もぐもぐと口を動かしながら言った。
「そうだな。ロジュ表に出たら寄ってみようかな」

ロジュにとっては何気ない一言であった。ところが、

「よせ」

突然立ち上がったジャファルにロジュはびっくりして、食事の手を止め、彼を見上げた。
否、正確にいうならば、彼の低く重々しい声に込められた強い制止の響きに驚いたのだ。
このようなジャファルを見るのは初めてのことで、クニーも片目を眇めて訝っている。

「ど、どうした?ジャファル。何日も泊まるわけじゃないぞ、ほんの数時間寄るだけだ。心配ならジャファルも一緒に行くか?人がいっぱい集まって、賑やからしいぞ。だから、いろんなヤツと話ができるかもしれ」
「――よせと言っている」

厳しい口調はロジュの問いを寄せ付けない。ジャファルは呆気に取られて動けずにいるロジュを睨み据えて告げた。
「今後、遺跡の外では言動を慎み、極力人の目に留まらぬようにするのだ。交流だなんだと浮かれている場合ではないぞ。必要な時以外は宿でじっとしていろ」

裳裾(もすそ)を翻して背を向け、足早に去って行くジャファルに、我に返ったクニーが片膝立ちになって大声で呼びかけた。
「おい!どこへ行くんだ。今日はこのあたりで狩りの予定だぞ」
だが、ジャファルは振り返りもせず行ってしまった。
「なんなんだ、あいつ?」 クニーは“相変わらずいけすかない奴だ”といった感じに舌打ちをし、ちらりとロジュを見た。

「どういうことだ?」
いつもの物静かなジャファルとはまるで別人のような様子に、ロジュは戸惑いの声を上げた。平素であれば、ロジュが友人を作る様子を静かに見守り、情報収集に至ってはその役どころを進んで買って出るはずの彼が。
「わからない。ジャファルが、何を考えてるか……」
取り残されたロジュは悲しげに、ぽつりと呟いた。

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